2014.05.14(Wed)
ピアノの打鍵は
バンジージャンプのようなものである。まず身を放り投げるのにあたって身体を地面に叩き付けない為に、
重さに耐え得る柔軟なゴムとそれを支える柱が必要である。
今ここにバンジーを眺める観衆がいるとする。彼らはジャンパーが勢い良く落下し、ゴムが伸び切ったら奇麗に跳ね返って上昇していく様を期待している。
彼らにとって興ざめなジャンプの失敗はなんだろうか。次の3つのケースを考えてみる。
1. 落下中に柱や紐の支えに重さが耐えきれず崩壊し、そのままジャンパーが地面に激突してしまう。
2.ゴムの柔軟性に問題があり、ジャンパーは落下後跳ね返らずひもが伸び切ったところでガクッと停止してしまう。
3. 頑丈な支えと柔軟性に問題のないゴムがあるにも関わらず、飛び降りる勇気がなく一向に飛び降りてこない。この3つの現象をピアノに置き換えてみると、
第一の失敗は指が一本で支えられる重さを超えた重量が鍵盤に落ち、次の動作に支障をきたすケースである。この場合、指先に体重そのもの、もしくはパッセージの速度に対して不必要な重さがかかる為、次の打鍵の準備が遅れ速い演奏ができない。
いかに肩から先の腕の落下を上に支える体幹の強さが、スムーズな演奏に必要不可欠であるかを証明している。このような場合、
演奏はたとえ爆音のような音量は出たとしても、大変な疲労感を伴い、かつ響きとリズム感のない演奏になってしまう。腕全体の大きな重さを(体全体を把握している脳にとっては些少な重さであっても、酷使を義務づけられた悲運な指一本にとっては大変な重さであることを知らなければならない)好きなようにコントロールできるために、
体幹(背中・腰・脇腹など)は常にしっかりと上に支えていないといけない。第二の失敗は、思い切って鍵盤に向かって振り下ろしているにも関わらず、
肩、肘、手首に不要な力みがあり、自由な落下とバウンドに必ず伴う動きを自ら止めてしまっている状況である。ジャンパーが最下部でピタっと止るように、音はその一音で短く止ってしまい、それを引き上げまた次の打鍵に向かうにはこれもまた大きな力を必要とする。素早い和音やオクターブの技法に、ゴムのように柔軟に伸び縮みする手首と肘が必要なのはこのためである。非常に速いスタッカートのオクターブを弾く際にのみ、ある程度の硬い動きも利用する場合もあるが、その場合音は大変短いものになる。それぞれの部位について、拮抗筋が良いバランスで可動な状態かどうかがポイントとなる。この点がうまくいっていない演奏は、
いわゆる「固い」印象のあるものとなってしまう。第三の失敗は、全ての条件が整っているにもかかわらず、手を鍵盤に落とし指に想いを込める「出力」に欠けているケースである。これは性格や緊張から来るケースが多分にあるかもしれないが、
要するに勇気と意識の問題とも言える。ピアノ演奏は、5指をバラバラに打鍵するという事とは別に、
指先にかかる重さをいかにコントロールできるかということが重要である。その幅が広ければ広い程「音の長さ」を操り表現力が高まるわけだが、その為には腕の最大の重さを司る
「肩」の力を抜くことが必要不可欠となる。この肩は体幹と直結していて、腹式呼吸の深い呼気によって少し下降し、重さを着地している指に伝えていく。舞台に上がったばかりで緊張していると
音が細く、音量そのものにも欠けるように聴こえる場合があるが、これは緊張によって呼吸が浅くなっている為である。日頃の練習時に、常に肩の力を抜いて良く歌って弾いているならば、信頼すべき指の支えが自然につくはずであるので、本番ではそれを信頼し勇気をもって重さを送り込まなければならない。緊張が強い奏者は、普段から呼吸筋に関わる部位をトレーニングすることで改善が見られるだろう。
よく「
緊張して本領が発揮できなかった」という言葉があるが、それは逆で「緊張して発揮できるのが本当の力である」と言える。自分が得意とする動作は問題なく出来、不得意な動作は固まって停止しやすくなる。しかし、不得意な動作であってもそれに必要な筋肉の部位を理解し鍛え上げることで神経がいきやすくなり、生来身に付いている得意な運動と同じように、緊張に負けずに力を発揮してくれるものである。
>EntryTime at 2014/05/14 01:13<